〔高岡古城公園〕
| No | 年 代 | 名 称 | 所 蔵 | 備 考 | 類型 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 文政13年 (1830)編集 | 高岡城之図 | 金沢市立玉川図書館 近世史料館(加越能文庫) | 高岡古城図の基本史料。 江戸前期(有沢作図、下段)・中期(小川原図、上段)・ 後期(小堀提出図、中段)の3種類の絵図の写し | A+B+C |
| 2 | 越中高岡古城図 | 〃 | 有沢永貞編。永貞(1638-1715)は加賀藩を代表する兵学者・絵図作者 | C | |
| 3 | 高岡旧城図 | 〃 | 小堀提出図と同じく堀を主にしたもの。手写。彩色 | B | |
| 4 | 越中高岡古城図 | 〃 | 小川図と同系。手写 | A | |
| 5 | 多可遠哥(たかおか)城図 | 〃 | 前田貞醇旧蔵品。裏の貼付付箋「多可遠哥城図麁(粗)図」。手写 | D | |
| 6 | 越中高岡古城図「大図」 | 〃 | 小川図と同系 | A | |
| 7 | 越中高岡古城図「小図」 | 〃 | No.5「多可遠哥城図」と同系 | D | |
| 8 | 文政4年 (1821) | 高岡古御城之図 | 〃 | 前田貞醇旧蔵品。文政4年6月の高岡大火(1821)後の見分役人が作成した絵図を、同年冬に津田宇兵衛より借り写したもの。 城址内の各蔵の図も記す。手写。彩色 | D |
| 9 | 明治期(原本は享和 元年(1801)頃編集) | 高岡城并瑞龍寺図 | 〃 | 富田景周著『高岡山瑞龍閣記』の附属図。瑞龍寺図と高岡古城図3図が1図になっている。No.1「高岡城之図」の原図と考えられる | A+B+C |
| 10 | 天保4年 (1833) | 高岡御城三城絵図 | 〃 (大友文庫) | 佐藤元知写。原図はNo.1「高岡城之図」 | A+B+C |
| 11 | 江戸後期 | 高岡古城図 | 高岡市立中央図書館 | 小堀図と同系。手写 | B |
| 12 | 昭和7年(1932)写 | 高岡御城景台之絵図(写) | 高岡市(原本・高岡市立 中央図書館) | 原本(下記)を図書館で発見!慶長17年(1612)に写されたものと記され、高岡城最古の絵図となる。手写 | D |
| 13 | 高岡御城景台之絵図 | 高岡市立中央図書館 (関忠五郎氏旧蔵) | この度の調査で新発見!上記資料の原本 | D | |
| 14 | 寛政12年 (1800) | 越中高岡古城址ノ図 | 石川県立図書館 (森田文庫) | 加賀藩士・田辺政己の手写。上段に高岡古城についての概説(「高岡御城地」)あり | D |
| 15 | 越中高岡古城跡ノ図 | 〃 | No.1「高岡城之図」の下段の有沢図のみの写し。「原本前田家」とある | C | |
| 16 | 越中 高岡 | 広島市立中央図書館 (浅野文庫) | 「浅野文庫 諸国古城之図」の内。「浅野文庫」とは旧広島藩主・浅野家、同家老・上田家両家旧蔵の和漢書群 | D |
| No | 年 代 | 名 称 | 所 蔵 | 備 考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 〔慶長14年(1609)〕 4月6日 | 徳川家康書状 (前田利長宛) | (『大日本史料』 第十二編之六等所収) | 富山大火の火事見舞いと、新城地は「何方にても其方次第」と許可。使者は宮崎蔵人 |
| 2 | (同年) 4月12日 | 前田利長書状 (小塚淡路秀正宛) | 木町神社 | 「木町文書」内。上記の使者が帰り次第、まず最初に木町に土地・屋敷を与える旨。高岡市指定文化財 |
| 3 | (同年) 4月16日 | 篠原一孝等連署状 (中条村又右衛門宛) | 個人蔵 | 加賀藩家老の篠原出羽守一孝・横山山城守長知・奥村伊予守永福の連署。築城人夫についての申し付け |
| 4 | (同年) 4月22日 | 前田利長書状 (神尾図書之直・ 稲垣与三右衛門宛) | (『大日本史料』 第十二編之六等所収) | 新城や町割りの絵図についての指示 |
| 5 | (同年) 5月17日 | 前田利長書状 (神尾図書之直宛) | 前田育徳会 (尊経閣文庫) | 新城の地鎮祭を倶利伽羅明王院に命じてとり行なったことを母芳春院(まつ)に伝えさせている |
| 6 | (同年) 6月9日 | 前田利長書状 (山崎長門守長徳宛) | (『高岡史料』 上巻所収) | 高岡築城工事の進捗状況の報告と、贈り物に対するお礼など |
| 7 | (同年) 7月2日 | 前田利長書状 (神尾図書之直宛) | 前田育徳会 (尊経閣文庫) | 神尾図書之直と並ぶ利長の側近・松平伯耆康定の高岡の屋敷について |
| 8 | (同年) 8月3日 | 前田利長書状 (神尾図書之直宛) | 〃 | 築城工事は仕上げの段階だが、石垣や瓦葺きはまだなのでやり遂げるように指示 |
| 9 | (同年) 8月5日 | 前田利長書状 (松平伯耆康定・ 神尾図書之直宛) | 〃 | 入城(移徒=わたまし)予定日や行程について |
| 10 | (同年) 8月8日 | 前田利長書状 (松平伯耆康定・ 神尾図書之直宛) | 〃 | 築城工事が遅延しているので入城予定日を延期するなど |
| 11 | (同年) 8月8日 | 前田利長書状 (神尾図書之直宛) | 〃 | 入城予定日について |
| 12 | (同年) 8月13日 | 前田利長書状 (神尾図書之直宛) | 〃 | 築城工事が遅延しているので催促している |
| 13 | (同年) 8月15日 | 前田利長書状 (神尾図書之直宛) | 〃 | 入城日は吉日の9月13日に決定したので、その準備の指示 |
| 14 | (同年) 8月22日 | 前田利長書状 (神尾図書之直宛) | (『高岡史料』 上巻等所収) | 高岡では知行の多い家臣ほど城に近く屋敷を建てよと指示 |
| 15 | (同年) 8月26日 | 前田利長書状 (神尾図書之直・ 松平伯耆康定宛) | 前田育徳会 (尊経閣文庫) | 本丸の石垣が崩れてしまったが、取りあえず作事(建築)さえ終わればよい |
| 16 | (同年) 9月5日 | 前田利長書状 (松平伯耆康定・ 神尾図書之直宛) | 〃 | 入城日は決定し、工事も目途がたったので、加賀よりの人足を帰国させている。しかし3分の1は残すように指示 |
| 17 | (同年) 9月8日 | 前田利長書状 (神尾図書之直・ 稲垣與三衛門宛) | 〃 | 9月8日に勝手方(広間・台所等)は完成したが、城中に屋敷を与えた人の塀・土居がまだなので、せめて台所までの道を早くするように指示 |
| 18 | (同年) 9月11日 | 前田利長書状 (松平伯耆康定・ 神尾図書之直宛) | (『高岡市史』 上巻等所収) | 入城は明後日だというのに女乗物がまだ届いてないので、明日までに用意するように指示 |
| 19 | (同年) 9月14日 | 前田利長書状 (神尾図書之直宛) | 前田育徳会 (尊経閣文庫) | 二の丸の門や櫓の増築を御大工・橋本惣右衛門に命令してあり、それ以外の工事はない。献上された魚は図書に与える | 20 | (同年) 10月26日 | 前田利長書状 (駒井中務少輔守勝宛) | 〃 | 高岡城の詰夫(つめぶ=夫役の一種。農民から徴集され雑事にあたる)についての細かい指示。駒井守勝も利長の側近 |
| 21 | 慶長14〜15年(1609〜10)頃 11月24日 | 前田利長書状 (小塚淡路秀正宛) | 木町神社 | 「木町文書」内。木町の船着場施設(柵=しがらみ)の材木代金の支払い状。高岡市指定文化財 |
| 22 | 慶長16年(1611) 8月25日 | 前田利長書状 (村々肝煎中宛) | 金沢市立玉川図書館 近世史料館 (加越能文庫) | 城内の畳92畳分の割付け状 |
| 23 | 慶長17年(1612) 3月29日 | 前田利長書状 (近所村々百姓中宛) | 〃 | 城内書院の廊下用の畳の菰(こも)57畳分の割付け状 |
| 24 | 慶長15〜19年(1610〜14)頃〕 4月3日 | 前田利長書状 (種村肖椎寺宛) | 小松市立博物館 | 病気見舞いの礼状。城門建設工事のため仮小屋をかけたという記述あり |
| No | 年 代 | 名 称 | 所 蔵 | 備 考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 宝永年間(1704-11)編纂〕 | 『三壺記』 | 金沢市立玉川図書館 近世史料館 | 『三壺聞書』とも。加賀藩宰領足軽山田四郎右衛門の編纂。鎌倉・室町の簡単な記述から、前田利常薨去まで記されている。高岡城関係の記事もある。改題本の『新山田畔書』(元禄9年今枝直方編)にも関係記事あり |
| 2 | 江戸期 | 『木町委細帳面』 | 木町神社 | 「木町文書」内。高岡城や城下町の建設資材の搬入口・木町についての記録。高岡新城決定についての記事など。 |
| 3 | 『金屋本江村旧記 全』 | 富山大学附属図書館 (菊池文書) | 砺波郡金屋本江村(現小矢部市)の役家(役銀徴集対象の百姓家)を7軒と読んでいる記事→高岡築城の夫役の関連と考えられる | |
| 4 | 宝永2年(1705) | 『御領内古城略志』 | 加賀藩家老・今枝直方著。藩内の城址について記す | |
| 5 | 寛保3年(1743)と推定 | 『不歩記』 | 金沢市立玉川図書館(加越能文庫) (写本は高岡市立中央図書館) | 編者は高岡町肝煎・三木屋半左衛門と推定。高岡の沿革や城址の記事など。江戸期高岡の基本史料 |
| 6 | 明和8年(1771) | 『越中国高岡町図之弁』 | 高岡市立中央図書館 | 高岡町奉行・小川八左衛門安村著。藩へ提出した高岡町図に付したもの。高岡町の基本書の一つ。最後に「城地得失考」を載せる |
| 7 | 寛政11年(1799) | 『高岡山瑞龍閣記』 | 瑞龍寺 | 加賀藩士で郷土史家の富田景周が利長の菩提寺の瑞龍寺16世・霊源活湛の求めに応じ著す。利長の略歴や瑞龍寺の歴史など。 |
| 8 | 文政2年(1819)までに成立 | 『越登賀三州志』 | 金沢市立玉川図書館 近世史料館 (加越能文庫) | 富田景周著。通称『三州志』。6部39巻からなる加賀及び加賀藩の膨大な歴史・地理書。「古墟考」には高岡城関連記事が多い |
| 9 | 江戸中期 | 『菅君雑録』五 | 〃 | 高畠定延編。高岡築城関連の記事あり |
| 10 | 安政6年(1859) | 『高府安政録』 | 高岡市立中央図書館 | 高岡町役人・中条屋六郎右衛門(川上三六)著。高岡開始からの歴史書。 |
| 11 | 『関氏旧記』 | 関忠五郎氏 | 現物は未確認だが、高岡城のことが詳しく記されているという。『高岡市史』などに一部掲載。同じく関氏所蔵の「1.城絵図/No.12/高岡御城景台之絵図(写)」にその存在が記載 | |
| 12 | 『瑞龍院様高岡ニ御築城ノ件』 | 高岡市立中央図書館 | 本丸の天守台や角櫓跡から伏木湊に出入りする船の帆形が見えたなどの記述。『伊東氏旧記』とも。 | |
| 13 | 明治20年(1887) | 『温故集録』 | 金沢市立玉川図書館 近世史料館 (森田文庫) | 森田柿園編。高岡城の地鎮祭は僧侶にさせたと聞いた江戸の芳春院が、陰陽師・吉田右衛門にさせるため高岡へ派遣したという覚書を収録 |
| 14 | 『射水郡分記録等抜書』 | 塚本幸史氏 | 中川庄右衛門の控え。高岡城についてのかなり詳細な記録。高山右近だけではなく山崎閑斎(長徳)も縄張したなどと記載 |